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Eternel Beaute CEO DIARY

ケルトの風と家族と生命と。

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2016年1月23日 19:37
こんにちは。

気づけば春の息吹が近くで感じられる様になりましたが、
皆様如何お過ごしでしょうか?

私は、最近まで英国に滞在していました。

ハンプシャー、そしてウェールズ(と少しのロンドン)にいましたが
中でもウェールズが大好きになってしまって!!!

「水仙、龍、リークが有名な・・・」

と教えてくれた人もいる、
歌の国とも言われる、
ケルト文化の香り漂う、
それはそれは・・・素敵な場所。

きっともし前世というものがあったならば
私は間違いなくここにいたのでは?と思えるくらい
自分には馴染みが良く
全ての木々や花々、羊たちが気持ち良さそうに息をしている姿が印象的でした。

美しい音楽は大自然から生まれる・・・というのも、改めて実感が湧く程で
全然ピアノが弾けない私も、思わず窓を全開にして少し演奏してしまったほど。
(といっても周りがプロフェッショナルすぎるので、皆がいない隙にこっそりと・・・笑。)

そんな中で、最近、そして今年に入り集中して考えているテーマが

「家族」と「生命」

についてです。

この話は突き詰めていくと宇宙物理学にまで飛んでしまうような(笑)
そんなテーマですが、自分が起業をした時も
実は「家庭教育、公教育の大切さ」を考えて、それで創業する事にいたしました。

それゆえ、胎教や親子コミュニケーション、
ならびに大人同士のコミュニケーション能力を生かす
お手伝いが出来ればと思ったのが、設立理由の一つにあります。

あれから5年以上の月日が流れ、
ウェールズの景色を眺めながら
また、添付している写真Tintern Abbey
(11世紀に建設され、ヘンリー8世の時代に宗教改革で壊されてしまった修道院跡)
の荘厳な空気を感じながら上記のテーマについて考えていると、、、

いくらシンギュラリティ問題が2045年に訪れて
人工知能が発達しようと、
場合によっては産み分けシステムが変わっていくことになろうとも
人智を越えた"生命の営み"、生態系そのものの奇跡の循環には勝てないと
私は改めて思いますし、同時にその大切さを伝えていきたいなと考えています。

ともすると、どうしても社会制度や仕組みのことばかり、あるいは科学の発展ばかりに
目がいってしまうのですが、もっと"営み"の在り方について
ゆとりを持って考えても良いのではないでしょうか。

少なくとも私は、2016年から、生命の大切さにより焦点を絞って
同時に"家族とは何か"という命題について考えながら
(自分が生まれ育った家族、血がつながっていないけれどコミュニティとしての家族、
職場の家族感、そして将来的に自分が築いていく家族、、、など)
活動をしていきたいなと思います。

それがこれからの、情報過多でスピード重視の社会において
ぶれない絶対座標であり、軸になる気がしてならないからです。

【ちょっとした告知】

そんな訳で今度の4月で6周年を迎える弊社ですが
今年は色々と体制を変えていこうと思っています。

仕事の仕方も、既に国内外でのびのびさせて頂きましたが
今後拠点を含め、また活動の仕方も含めて今一度見つめ直し
出来ればこのウェブサイトとブログのレイアウト、展開の仕方も変えていきたいな、と思う次第です。


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2016年の抱負

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2016年1月23日 19:24
2016年を迎え、フキノトウも顔を出す時期となりました。
皆様如何お過ごしでいらっしゃいますか。

改めまして昨年は大変お世話になり、有難うございました。
どうぞ今年も宜しくお願い申し上げます。

そろそろこのウェブサイトも、化石化しているので
フォーマット含め、変えないとと思うのですが・・・

折角ですので、あるSNSに投稿した新年のご挨拶&抱負を記したいと思います。
今年は、色々と浮かぶ事、記録しておきたい事があるので、したためる回数を増やしたい!

*******************************************

謹んで新春のお慶びを申し上げます。


私は比較的、年末年始は家族との時間を大事にしたく、大人しくしておりました。


が、今は京都です。

今日の節句に合わせて久しぶりに寺社で様々なご挨拶や祝詞を奏上したく、

また、ただ自然に触れたいのもあって、ふらりと足を運んで参りました。

(なぜかちょうど、新幹線のチケットがあった、という偶然も重なりましたし!)


仕事関係なく、京都に来るのはいつぶりだろう、という位、かなり久しぶりの訪問です。

京都五山別格の南禅寺から始まり、様々な寺社に行きましたが今朝は上賀茂神社からのスタート。


つきたてのお餅入り七草粥を頂き、

無病息災を願った後に白馬奏覧神事を拝見して、

また卯杖(邪気を祓う道具)を入手し、

とても清々しく、気持ち新たに2016年を生きていこうと思いました。


今年の私の抱負は、シンプルながら・・・


とにかく「生きる」ことがテーマです。


与えられた生命と魂を生かし、
人生を生きて、
役目を生きて、
全ては変わりゆくものであり無になるけれど、
謙虚さ忘れることなく、
また、寄り添うことを忘れず、
感謝と慈愛の心を忘れず、
しかし堂々と、
言い訳をせずに、
自分の言動に責任を持って、
恐れることなく、

日々を生き抜いていきたいと思いました。

といっても激しい動きをするのではなく(笑)


静かに、
細い糸を織り込むように、
していきたいと思っております。


それはきっと、来年以降の準備にもなることでしょう。


今の時代に、

なぜ、自分が「ここ」にいるのか?


きっとこういう問いかけは
多くの方がされることかも、しれません。


分かっていることは、
今、自分が、ここに「在る」ということ。


上記の答えは
生きて生きて、
生き抜くことにあるのかな、と
今の自分は思っています。


いつ如何なるときも
心と鳥瞰視、第六感を忘れずに。


一つ一つのご縁、
結び結ばれる時も、
放ち放たれる時も、
繋ぎ繋がれる時も、
愛でるように。
数よりも質を大切に。


そんな2016年にしたいと思います。


さて神事や禊関係は、
京都以外にも行きたい場所が山ほどありますが、

不思議とこういうのは、ご縁や流れに任せて...なので、また、こういう時間は設けたいと思います。
(そうでなくても、よく地元氏神様や教会は行くのですが)


それでは今年も皆様の弥栄を祈念致します!


2016年1月吉日
成瀬久美




AmaMizuウェブサイト!

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年8月 7日 16:44
盛夏。
皆様、如何お過ごしですか?

私は溶けそうになりながらも、元気な緑たちからパワ―をもらったり
美味しいお素麺(財団のサロンでも使用した、お気に入りのものがあるのです)で涼をとったり、
最近出来た新しいサロンに癒されたりして、日々、幸せに生きています。

そんな中、大事なニュースを全然告知出来ていなかったことに気がつきました!!!

弊社唯一の(!)有形商品、AmaMizuのウェブサイトを改めて告知致します。

こちらです。
天然還元水、または白湯にご興味のある方は、是非。
(ちなみに弊社は水の販売店、ではなく、白湯をガラス瓶で飲むというライフスタイルを提唱しています。
AmaMizuはその中でも希少な天然還元水を使用。飲めばその違いを実感頂けます)

AmaMizu公式ウェブサイト(ご注文は法人/個人それぞれ異なります、ご注意下さい)

最近では銀座BXpart2さんにも置いて頂いており、大変有難く存じます・・・
おってスタッフの方とのお写真をアップしなくては!

・・・さて、AmaMizuについてですが、
本当はここだけの話(と言いながら公言してますね)ガラス瓶より竹で作りたかったのです。
更に言えば、この白湯を商品にしたい、と口にしたときは多くの方から反対の声といいますか
賛同しない、理解して頂けない反応を頂きました。
それでも中小企業庁の支援を頂く様になり、なんとかかんとか形になってくれたのがこの、AmaMizu。
私にとっては大切な子の一つです。

まだまだ改善されていく部分もありますし、
竹か何か他のもので作る夢も諦めていません。

が、それでも、少しでも自分たちの口にするもの、水について
考えてくれるきっかけになってくれたら。
そう思いながら作りました。

余談ですが、

ある車の話を仲間でしていた時に
「エコカー、電気自動車、水素自動車、と言うけれど、本当のイノベーションになってない」
と言う人がいました。
つまり、○○車と呼ばれるものからは、
馬車から車に変わったような、和時計が時計に変わったような(これはイノベーションと呼ぶべきかはさておき)
大きな変化がないと言うのです。
それはそれで一理あるな、と思いながら、改めてAmaMizuのことも見つめ直しました。

ついつい従来の商品づくり、マスの理解、固定観念、ルール等に
引っ張られがちですが、何度も何度も挑戦し続ける、諦めないで創造し続ける。
その姿勢が本当に大切だなと私は思います。

継承することが得意な人、創造することが得意な人。
人それぞれ得意分野は異なりますが、何度でも何度でも時代や環境を見直す姿勢は
大切なのかもしれません。

長くなりましたが、是非、AmaMizuウェブサイトご覧下さいませ。
宜しければご賞味も下さいね。

追伸 
このエターナルボーテウェブサイトもそろそろリニューアルしなくてはと思っています。
お陰様で事業も変化し、落ち着きました。
現在は従来のコンセプト"美徳"を基軸に色々と進めています。
ご協力下さっている皆様方には心からの御礼を申し上げます。
(もし、あれ?と思う事があれば、個別にご遠慮なくお知らせ下さい。何か事情があると思いますので)

人との付き合い方、価値観の違いについて

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年6月 7日 18:04
こんにちは。成瀬久美です。
なんだか真夏のように暑いと思ったら、梅雨入りかな?と思える雨が降りますね、、、。
寒暖の差が激しく、体調管理は大変ですが、緑が生い茂ってとても目に心地いい季節。
皆様、如何お過ごしでしょうか。

さて今月は、私は殆ど東京(そして日本)にいない生活をします。
よくよく考えてみると、昨年はインド、一昨年はバリ島、その更に前はスイス&フランスにいました。
どうも、私にとっての6月は、海外とのご縁がある月なのかもしれません。

でも本人はあまりバタバタしていると思わず、日々楽しんでおります。

実は最近、自分の好きな事がまた増えまして、それは・・・

毎朝、お庭の芝生を裸足で踏んでリフレッシュすること!

お庭の木々、花と挨拶しながら深呼吸して裸足で立つと・・・あら不思議。
なんだか身体が整う気持ちになって、毎日を爽やかに乗り切れそうな気がするんです。

もちろん、栄養や睡眠もたくさんとって、ですが!


・・・・さて前置きが長くなりましたが、今日は(も?)、ちょっと気になった事をお話したいと思います。


テーマは「人との付き合い方&価値観の違い」について、です。


私も有難い事に素晴らしい友人知人に恵まれ、日々学びと刺激を頂いていますが
沢山の知り合いがいるからこそ、"人との付き合い方"について考えさせられる瞬間があります。

特に昨今はインターネットというものがあり、
友人知人の名前検索をする方もだいぶ増えているのでは、と推察しますが
公人あるいは少数の一般の方の中には、決してプラスとは言えない内容の情報やニュースが
インターネット上で書かれてあり、それを目にする事があります。
中には、直接、私宛に「この人とお付き合いするのは止めた方が良い」と連絡が来る事もあります。

とても難しい問題です。

何をもって"普通"と呼んでいいかわかりませんが、
恐らくネガティブな情報を目にしたり、あるいは誰かから悪評を聞いたりした時には
自分に何か悪影響が来る前に、
対象となる方と縁を切る方の方が多い・・・のかもしれません。

・・・ただ自分の場合は、時として、それが出来ない事があります。

もちろん自分の周りに迷惑がかかることはしてはいけない、と思うので
そういう意味では、慎重にならなくてはと自身の行動に常に問いかける様にはしているのですが
(ゆえに距離を置かざるを得ないケースもありますが)
中には、本当に悪評たてられている人が誤解されているケースもあれば
良くない部分は良くない、と一部に関して私も指摘したくなる人でも、
単純にその人が持つ良い面、魅力が目に留まり、やはり絶縁はせずに関係を大事にしたいと思えてしまうケースもあるのです。
ちょっと違いますし、私の周りにはいませんが、冤罪事件を見ても、
つくづく「自分が信じる人を大切にしよう」と思うばかりです。
どんなことでも、話が大きくなり、多くの人が"信じる"ことが真実の情報と思われてしまいますから・・・

きっと性善説ではないですが、私の中に、
出逢った人を、ただ大切にしたいという気持ちがあるのかもしれません。

とはいえ、世の中はそんなに甘くないので
これが企業としてならどう判断するか、コミュニティとしてはどうすればよいのか、
家族への影響はあるかどうか、、、など考え、決して"善い部分もある"からと
何事も受け入れられる・・・とは、限りません。
そこが難しいなと思う次第です。

けれど最近、私からしたら、一部違和感を覚える暮らし方をしている人に
久しぶりに会う機会があり、
改めてこのテーマに想いを馳せてしまいました。

その人の言動は、時として私を怪訝な顔にさせ、
これはおかしい、と口にさせ、これだけはしないで、とお願いしたくなり(といっても私の自発的行為ですが)
ここは相容れない、と線引きしてしまう時もあるのですが。

それでも、どうしても、その方にある良い部分、優しさ、繊細さが必ず見え
実際にとても良くして頂く事も多く、
「なぜ心の奥底は純粋で良い人なのに、こんな言動を取ってしまうのか」と
思う瞬間が多々ありました。


そこで考えたのですが、それは

単純に

ーアウトプットの段階で何かがずれてしまっただけではないかー。

ということ。

でも、残念ながらその人は、どうもインターネット上や同業者の評判が宜しくありません。
それを「ねたみ」だけで片付けるには限界があり、事実、私から見ても
「時々口が悪く、態度/素行が悪くなってしまう(泣)」お方。
会う度に必ず「それは、お言葉が良くないのでは」等と私も言ってしまいます。

自分の専門分野じゃない部分での批判が書かれている場合は、
内容に関して私はとやかく言えませんが・・・
肩書き/所得関係なく、単純に本人の行動が火種であろうと納得してしまう事だってあります。
(一方、噂が本当に「ねたみ」のケースもあるため、益々インターネットはややこしいのですが。)

それでも、やっぱり、この人は根っから悪人じゃない、
と自分が思う場合は、対話をしてみよう、と思えるのです。

つまり私の人付き合いのスタンスとして

「当事者じゃなきゃ分からない事ばかりである」

という考えがあり、それゆえに、の行動かもしれません。

実際に、意見の相違あっても、また距離感も様々ですが、「この人はお友達」と言える人はいます。
そしてきっと、違和感を覚える事があれば
「なぜ、あなたは、そうするのですか」という質問を当の本人に投げ続けると思います。
それが対話だと思うのです。
都合の良い場所だけ抜き取って、ではなく、向き合うことを恐れない事が大切なのではないでしょうか。

私の生き方に関しても、反応は様々です。
そのままそっくり受け入れて下さる人もいれば
個人のものさしで一方的に物言いをされる人、思い込みで話を広げて見知らぬ場所で
私の噂をされる人、様々いらっしゃいます。

一方で、意外に?本当に深い深い付き合いの友人ほど、多くを他人に語らないという・・・。
不思議ですね。

そんな訳で私が人付き合いをするうえで、大切にしたいことは
価値観の違い、そして違和感があるなら、まずとことん本人と話すこと。
そして沈黙は金。

最終的に、全ては良きように運ばれ、良きようにあらわれていくものと、私は信じています。

ゴシップ好き、噂好き、情報ばかり集めたり提供したりしたがる人は
私も少々苦手ですが、上記に書いたような方は、意外に単なる表現の問題があるだけで
(あるいは自己保身が強すぎるだけで)偏見がなく許容範囲が広い方が多いので
まっすぐ、話しやすいと思って接しています。

企業体やネットワーク等といった大人の社交ルールで
引き裂かれてしまう人間関係も時としてあるのかもしれませんが、
いつだって、人の中核を見て接し続け
1人ずつとの関係性を大切にする人間でありたいものです。

少し難しいテーマですが、そんなことを徒然と思った6月でした。


魂から湧き出てくるもの

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年5月19日 09:00
おはようございます、成瀬です。
今日はちょっと分かりにくい?ブログを書きます。
(注:書き途中で2日間ほどアップされていたようです。お見苦しかった点ご容赦下さい)

最近、会社としても、個人としても、
大きな分岐点に立たされている
気持ちになっています。

有難い事に、とても良いお話を頂く機会が増えて
国内外でのお仕事を充実した気持ちで取り組ませて頂いていますが
それは同時に、当たり前ですが、一つ一つの事象に対する責任感をしっかりと持つということでもあります。

すると、自分にとっては大きな規模に向き合うこともあり
改めて、チャレンジングな瞬間を感じる事もあるのです。

自身、日々変化し続けていますが、
もしかすると更にステージが変わろうとしている時期なのかもしれません。

ましてや私は、生まれた時から女性なので
どうしてもプライベートの部分・出産をするかしないのか、
ということも含めて考えなくてはいけない時期というのもやってきます。

こればかりはどうしようもない、といいますか、不思議と周囲に結婚や出産のことをよく聞かれるんですね...。
更には様々なアドバイスを頂く事もあります。

そういえば最近、ある方が私に、こういうことを仰っていました。
(この意見には賛否両論かもしれませんが)

「女性は対的幻想と共同幻想を両方持ちうるもの。
ただし、仕事や社会的なことは、最後どうしても対的幻想に引っ張られてしまう。
両方をバランス良くやっている女性は見たことがない。

男性は、対的幻想と共同幻想を追わず、切り離して共同幻想ばかりを追っていったから
社会がめちゃくちゃに崩壊してしまった。それも間違いである。

で、君は両方を持って出来る希有な人間かなと思ってみていたら
出産のことを口にしだしたので、やっぱり違うのかなと思った」

この台詞だけ抜き取ると、もしかすると、なんていう会話、、、と思われるかもしれませんが、
要は仕事を一緒に頑張りましょう、という事をこの方は伝えたかったのだと思います。

あえて書きませんでしたが、このあと

「君のことを認めているから、頑張って欲しい」

というお言葉も頂いたので、恐らく、そういうことだと認識しております(笑)

でも何故私が"出産"という言葉を口にしたかと言うと
いつかは出産することがあるかもしれないから。
全く生まないという決意をした方が、仕事はやりやすいのかもしれないけれど
実際に両立されていらっしゃる方々もおられますし、
何より「一生生まない」ということは、今の自分では、まだ先の事は分からないので、
そこまでは口に出来ず・・・
(だったら、神様仏様の道に入るか、ということを改めて考えた方が自分にとってはいいのですが・・・)

でもそういうものも含めて全て、自然の流れが定めてくれるはず。

それよりも、こうしたお言葉を頂く事で
会社の理念を持っていたとしても
理念を言葉のまま置き去りにするのではなくて、
ちゃんと心の奥底から、魂の奥底から自分が発言出来ているかどうかを
確認し続けて行くことがいかに大切かということを思い知らされています。

いろいろなプロジェクトを始動するとき、
聞こえばかりよくなっていないか。

なので、改めて

「自分の本気は何か」
「そこにどれだけ命をかけられるか」

を問いつめるようにしています。

すると不思議と、自分自身の、胸の奧からこみあげてくる
何かを感じるのです・・・
それは、とてもとても熱い、"なにか"です。
まるで魂から湧き出てくるかのような。

きっと誰もがその"想い"や"エネルギー"と論理を紐づけて行動し
結果、個人としての生き方そのものが結びつき合って、世の中に繁栄されるのでしょうね。

商品経済を追ったやり方ではなく
(とはいえ、それを無視も出来ませんからバランスが重要で。ただし、飲み込まれやすいけれど)
きちんと、様々な資本を生かして、そして、なにより大志を形にしていけるように。

大きな目線は持ち続けていたいと思っています。
関わるもの、全てを、護れる様に。
一緒に働いてくれる人達、祈ってくれる人達、支えてくれる人達の為にも。

という訳で、改めて所信表明したくなる日でございました。

The 5th Anniversary!

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年4月28日 11:00
(For English, please scroll down)
おはようございます。
成瀬久美です。

春から徐々に新緑の季節に移り変わる頃、
お陰様で、本日、
エターナルボーテ株式会社は5周年を迎えました。

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小さな小さな会社ですが、
紆余曲折ありながらも、理念をぶらすことなく
むしろ芯を太くさせてくれるような出逢いやお仕事を頂き、
ここまで歩み続けることができましたのは
ひとえに支えて下さいました皆様方のお陰様でございます。

どんなに頭を下げても足りないくらい、皆様には、心からの感謝をしています。
本当に、有難うございます。

正直自分の誕生日以上に、会社設立日を大切に思っていまして
今でも5年前の今日、(当時)大安の満月の日に登記したあとに
サポートくれた友人と飲んだジュースの味も、鮮明に覚えています。

エターナルボーテは、4×2=8で末広がりの日を設立日に選んでいます。
弊社のみならず、関わる方全てに
良き縁、輪(和)が広がることを願って、日取りを決めました。

また、会社名は自分の名前とも繋がっていますが
永遠に美しい心、徳、有り様が全てのあらわれとなることを願い
経済、文化、環境、全てに良き流れを生み出すための役割的存在を持つ会社であれたらと
命名した会社名です。

なかなか分かりにくいとされる無形のものを、有形にして示していきながら
大切な本質というもの、なにより、人と人、ものとものとの繋がり合いを大切にする心を
伝えていきたいと考えています。

また、同時に、ただ「優しい」だけではなく「強さ」をもって
社会の様々な事象、事情にも対応できるフロネシスを持つ企業でありたいと願っています。

事業内容は、どこの企業もそうだと思いますが
必ずしもオープンに出来る訳ではないので、分かりにくいかもしれませんが・・・。

現在、小さなことも粛々としておりまして
メディア関連(通訳/翻訳、アーティストアレンジ含)、
教育関連に加えてプロデュース・プラニング業も多くさせて頂くこととなり
お陰様で、大手企業様、中小企業様、様々な企業様からお仕事を頂き
また国内外でご活躍、世に多大なる貢献されておられる方を支えさせて頂くお役目も頂戴し
私、及び、弊社に出来ることは、一つ一つ、心をこめて対応させて頂くことと、務めて参りました。

エターナルボーテがなければ、
非営利任意団体このはな草子も、一般財団法人日本ホスピタリティ財団も
生まれることはありませんでした。

今頃ですが、学生時代(小学校〜高校)に学んだ校訓
「徳においては純真に 義務においては堅実に」
という言葉も、とても大切な自分のベースになっているのだと
改めて感じ入っています。

また、

弊社で形にしたものづくりとしては、AmaMizuという天然還元水の白湯ボトルがありますが
これも、ウェブサイトが近々に立ち上がる予定です。
ギャラリー、カフェ、病院、企業、サロンで杉ウォーマーを設置頂き、可愛がって下さることは
我が子が旅立つような思いで見送っています。
どうか引き続き、ご愛顧頂けましたら幸いです。

今後は、来年以降に会社の体制を変えていこうとしておりまして
プロデュース・プランナー業を中心に
更にしっかりとした基盤を築いていきたいと思います。

まだまだ、お恥ずかしながら、至らぬ点も多くございます。
5年という数字への感慨深さ以上に
頑張らなくてはならない局面も沢山ありますので
これまで歩んできた道、学生時代の感覚、OL時代の感覚を忘れることなく
いついかなる時も言い訳をせず、自分が関わることの責任を常に意識して
"経営者目線" "当事者目線" "鳥の目線(鳥瞰視)"を併せ持ちながら
邁進して参りたいと存じます。

最後になりますが

自分を支えてくれている家族
見えるところ、見えないところで大きな愛情とサポートをくれる、国内外の友人達
仕事やライフワークや個人のご縁から出逢った全ての方々に

改めて心からの感謝を申し上げるとともに
いつの時代も、世界が必要としてくださるような<美徳を伝えていく>企業を目指して
結果、長生き出来る企業を目指して参りますので
どうぞ引き続き、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い申し上げます。

成瀬久美

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Dear all whom I love

I'm so grateful and glad today is EternelBeaute's 5th anniversary and just would like to say thank you so very much for supporting me and Eternel Beaute Inc for 5years! It's been a fabulous journey after many twists and turns...

I still remembered when I registered my company at the registry office and remembered the taste of juice I had with my friend.

Luckily, special many many thanks to you, I could work with international companies, leading companies, SME, individual VIP etc.
Our company's theory is based on "SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR" which I learned at my school. 
Also I especially focus on "VIRTUE" and "PHRONESIS" to contribute to the world.

I'm very happy to have a responsibility to make the most of my time here and serve you something rich to make your life beautiful.

Again, Thank you so much to my family, friends and people whom I met through my work and lifework!
I couldn't have kept working and continuing my business and EternelBeaute without you.

Love 
Kumi Naruse

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震災から4年

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年3月11日 11:02
2011年3月11日、午後2時46分。

2万1千人を超える死者、行方不明者を出した東日本大震災から
早くも4年が経ちました。

震災があった日のことをハッキリと覚えているのは、私だけではないはずです。
当時の私は、外国語ナレーション収録のスタジオ立ち会いを終えて
業務委託を頂いていた(以前務めていた職場でもある)事務所にいました。

殆どの社員が外での仕事で、事務所には2人しかおらず、
あまりの酷い揺れに、クライアントとの電話を中断して机に潜り、
女社長さんと互いの名前を呼び合い、手を強く握って地震が収まるのを待っていました。
地震後は、なんとか家族や大切な人の身元確認をして(twitterが大活躍でした)。

自分は、仕事が・・・と気がかりで、
外に出ましょうと言われたときも大きな仕事ファイルを抱えてしまうほどでした。
結局止められてしまいましたが。

案の定この日は仕事にならず、一度避難所に足を運ぶも事務所に後戻り。
次々とテレビやネットで、また、直接の電話やメールで
とぎれとぎれに入ってくる被災地の様子に驚愕しつつも、
携帯もパソコンも、電源がなければ何の役にも立たないものだな、と
思ってしまう、人間のちっぽけさを感じた日でもありました。

それから立て続けに起きた原発事故。

その後、訪問した被災地の数々。

そこで、目の当たりにしたこと。

筆舌しがたいことの連続でした。

また、報道について、そしてボランティアの在り方について、
再度考えさせられました。

せめて自分に出来ることはなんだろう、と震災直後から情報支援サイトを立ち上げ、
それから、現状を伝えること、被災地で笑顔が増えること、身体を少しでも動かしてもらえる様にと
参加型の紙芝居を作って・・・

日々が、あまりに目まぐるしかったことを鮮明に覚えています。
そして、少なからず、自分の人生も変わったことを、実感しています。

何のために生きるか、何を見据えて生きるのか。
自分はどういう立場に身を置くのか。
根本的な課題を、突きつけられた気がしました。

東京にいてもそんな感じですから、
ましてや、被災地の方にとっての311はどれほどのものか・・・
また、この日に限らず、今日に至るまで
被災地の方々が抱えておられることを考えると、何も言葉に出来ません。

改めて、犠牲となった方々に追悼の意を捧げ
このときに感じていた教訓を忘れずにいたいと思います。
同時に、世界中の、ご寄付やお祈りを捧げて下さった方々に心からの感謝を申し上げます。

余談ですが、私がこの1年ごとの3月11日に何をしていたかというと、様々でした。
半分は福島におりました。

2012年は福島いわき市楢葉での番組収録があり、
2013年は東京で財団の仕事に追われていたので、せめて黙祷をささげ
2014年はこのはな草子(非営利任意の紙芝居団体)で、再びいわき市の幼稚園/保育所訪問
2015年は、本当は淡路島、、、に行きたかったのですが、都内の仕事から抜けられず、
代理に行って頂き、私はエアーで(涙)ITあわじ会議に参加。(防災について、考えたいと思います。)

戦争も同じだと思いますが、「起きてから」ではなく「起きる前に」考え、行動することがいかに大切なことか。
でも、周囲にその有難みや必要性を感じられないことも多く、
やはり有事にならないと、動かない、動けないことがあまりに多い気がします。

どうしても、日々を生きていると、現状に追われっぱなしかもしれませんが
先を読み、行動することが大切なのではないでしょうか。
そのためには、ちょっとでも背伸びをしたり、違うアンテナを張り巡らせることが
必要なのかもしれません。

そして、自分は「何を護りたいか?」を考え、行動する。
その規模が大きければ大きい程、また本質的であり有用であればあるほど、
必ず、いつか必要とされる日が来る気がします。

少なくとも、そう信じて、今年はITあわじ会議に意識を傾け、
改めて今後について指針をたてながら
今取り組んでいる衣食住のプロジェクトを強化していきたいと思います。

注)衣食住プロジェクトは別団体、日本ホスピタリティ財団によるものですが、
弊社としても関わる部分、リンクする部分がございます。

Please don't despairーそれでも希望を(そして冷静に)

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年2月 1日 19:28
今日は朝から大変悲しいニュースが飛び込んできました。
最初に殺害された湯川遥菜さん、そして相次いで殺害された後藤健二さんには、
心からのご冥福をお祈り致します。

本当に残念ながら最悪の結果に終わってしまいましたが
お2人については(特に後者は遠い存在ではなかったので一層)
何も書かず、沈黙で、哀悼の意を表したいと思います。

もちろん日々、悲しいニュースは沢山見聞きしますが
今回の事件は、やはり特殊でした。
日本人にとっては特に
一層世界情勢の変化が顕著に表れたように感じるものだったと感じています。

一方で、日本人全体の民度が問われた出来事でもありました。

インターネットは、使う人によってどのようなものにでも変容する。
昨今のインターネットの使われ方を見ると、
見るに耐えないものを目にしてしまう機会があります。
(特に子どもには目に触れさせたくないものも。
完全無法地帯になりすぎていて、、、)

今回、ネット以外のメディアもですが、政治家だけでなく
日本の様々な対応や反応も含めて事件の結果を招いてしまったと思っています。
(コラージュもでしたが、イスラム国に直接友好的なやり取りはまだしも、
罵詈雑言や挑発をするツイッターも目にしました)

そもそも、イスラム国の残虐性ばかり取り上げるのではなく
何故その存在が生まれ、国境を越えて拡大しているのか
改めて考えなければいけないし
勧善懲悪の話で片付けられる事では、ないと思います。
911以降の対テロ戦争と同じ事は起きて欲しくないと私は願っています。
(念の為。イスラム国の勢力拡大を望んでいる訳ではありません)

一体何が世の中で起きているのか。
刮目していくことは大切ですが
手探りで真実をどんどん掘り下げること以上に認識すべきことは、
憎しみには憎しみの連鎖しかないということ、また、その連鎖は
手がつけられないほどになっているということではないでしょうか。

そしてそれでも憎しみや怒り、恐れで自分の心を満たす事が
解決ではないということ。。。

ガザのときもそうでしたが
今回のようなニュースを聞けば聞く程
きっと様々なことに麻痺する感覚は人々の中で出てくると思います。

でも、心の痛みを忘れてはいけない。
人を傷つけてはいけない。
敬いあい、尊重しあうことを忘れてはいけない。

これから産まれてくる、そして今いる子どもたちのためにも。

今、高らかに「平和」を唱えても「戦争」の逆の意味でしか捉えられません。
むしろ「戦争」あっての「平和」という状態がまるであるかのよう。
戦争は必ず世について廻っています。なぜか?
軍事産業に全ての技術力が集結しています。なぜか?

誤解を恐れずに言えば
今まで私達日本人は先人達が築き上げた平和な国で、
色々なことに守られている中で、あまりに他国の事に
無関心過ぎたのではないでしょうか。
そしてニュースや情報に翻弄されすぎたのではないでしょうか。
あるいは知ったところでも、何も出来ようがなかったのではないでしょうか。
出来たとしても、市民活動以外に出来る事はなんでしょうか。
(これらが無意味だとは思いません。ただ、それが政官に届くかどうかは別問題と思っています)

これまでもそうですが
日常を穏やかに過ごしている間も、
(あるいは日々の中での問題に向き合っている間も)世界は動いています。

それでも、こうした事件をきっかけに(あるいは元から?)
大騒ぎする人たちがいる・・・
陰謀論を唱える人たちもいて・・・
評論家ぶる人も・・・
ちょっと辟易してしまいます。

私は、いつも
インターネット上(特にSNS)で情報戦になるのを見て思うのですが
実際の現場にいない人が何を言っているのだろうかと思うことがあります。

事実、本当に深刻な現場にいる人ほど、発言をすることはありません。
そもそもこれだけの情報化社会でも、
本当に大切なことは語られないものだと感じています。

なので基本的に、実務/現場の人、
あるいはそれに限りなく近くて客観的に物事が言える人、
または極端に言うとハッカーになってもおかしくないのでは、というレベルの人が
収拾した情報しか信用しないようにしています。

あとは、あくまで、参考程度に耳を傾けます。
又聞きは、若干ニュアンスが変わっていくし、人の脚色が入りやすいから
気をつけながら。言葉の言い回し一つで印象は変わるので・・・。
ニュース原稿も、同じこと。

なぜ自分がそのようなスタンスかといいますと
これをご覧の方はご存知だと思いますが
公的に言える事と言えない事が必ずあるからです。

なので必ずパブリックの言葉そのもので振り回されてもいけないですし
そもそも真実は知らない方が良いかもしれません。
真実を知らない事は、無知を示す事でもなければ
必ずしも「目を背けた」事にもならないはず。

私達一般市民は
情報を集める事、真実を知ろうとする姿勢も大切だけれど
肝心要の大切な事は
自分たちの立場を生かしてどんな前向きな事が出来るのか、だと思っています。

かといって個人レベルで、本人の"正義感"で動くと誤った方向に動く場合も。
(これは自分にも常に問いかけ、注意しています)
世相と自分の立ち位置を冷静に見た上で、行動はした方がいい。
そして最近世間で言われ過ぎの"自己責任論"ではなく
責任感と覚悟を持つという事は大切だと思います。

なので、それらを放置した上で
声高に自由、平等と言い続ける人たちには疑問を抱きます。

さて自由とは、なんでしょうか。
最近報道、言論の自由もよく耳にしていますが
何事も平等に誰にでも色んな権利が与えられて、
それで、世の中が果たして良い方向にいくのでしょうか。
モラルもなく???

平等な社会。
実現すれば素晴らしいですが、
それは民度が高い(モラルやリテラシーがあり、
真の意味で人を思いやることが出来、尊ぶことが出来る)ことが
大前提の話ではないでしょうか。

日常の生活を過ごしているだけでも
自分のことだけで精一杯になったり、自己防衛、領土争いに走る人はいます。
一方で、人をかばいすぎてしまい、自分の立場を不利にしてしまう不器用な人も。
人の生き方は本当に様々です。

そんな中で
多種多様な人生、価値観があり過ぎる中での
平等、公平な社会づくりは、もしかすると危険をはらむのでは?と
私は思っています。

せめてそれぞれの立場や人生を疎むことなく、喜び合えるような関係性を
築ける人間でないと、完全平等社会を築くこと、自由な論調の場を作ることは
難しいのではないでしょうか。

かといって問題多き世の中に悲観するのではなく
忘れてはならないことは

Do not despair。

かつて、第二次世界大戦のさなか
製作/発表したチャールズチャップリンの
「独裁者」にも出てくる言葉です。

絶望してはならない。

・・・全てに期待はせずとも希望を持つということ。
いついかなるときも。
そして祈りは届く。どんなときも。

一生、人を愛すること、信じること、尊重することを
忘れてはならない。

そういうことを、子どもたちに伝えていくべきではないでしょうか。

そして、自分自身も。
真の意味で博愛を生かす場所づくりがなんなのか
社会とはなんなのかを考えながら、実務に携わらせて頂く。
それが自分に出来る精一杯のことだと思っています。

私は、世の中には大きく分けて三つのヒエラルキーがあると思っています。

1)社会構造としてのヒエラルキー
2)裏社会(表には出されないので理解されにくいし、陰謀論も出やすい)構造のヒエラルキー
3)意識のヒエラルキー

現実界では1、2が重視されるし強い力を持ちますが
特に大切なのは3だと思っています。
世間の矛盾、生態系の中で起こりうる弱肉強食にも向き合いながら
いかに少しでも尊重し合える世の中が作れるか、支えあう世の中になれるか、
隣人(もの)を大切にしあう、愛し合える世の中になれるか。
この意識が高い人が1人でも増えたら、世の中も、現在の国家の有り様も
変わってくると思います。

こういう風に書きながら、ふと、
自分の夢についても、なんだろうと思ってみましたが
「○○になりたい」という野心は全然なく

ーいつか自分が大切に想う人と、穏やかに暮らすことー

なんだと思いました。

(注:あくまで、いつか、です。
幼稚園生がお嫁さん!って言っているようなものだと思って下さい。笑)

ただどうしても、私の場合、
ある種の均衡を保つ為に世の中で奪い合いの状況が続いている以上、
その土壌のうえで情報合戦に参加するつもりも
色んな恩恵うけて「自分さえ良ければ」と穏やかに過ごすことも、出来なくて。
自分のことより、社会問題とその解決法に目がいってしまう人間なんだなと
つくづく思います。

かといって自分は活動家でもなんでもありません。
(活動=左だ、右だという発言もよくする人がいるけれど、
そういう論調にも辟易しています)

少なくとも、ただ私は、自分の立場で出来る事をやるだけで。
それが国内であれ、海外であれ、どの分野であれ、精一杯やるだけです。

世の中に貢献できることを、少しでも、様々な形で、
個人の趣味の領域でなく、していきたいと強く思います。

それで何かが劇的に変わる訳ではないかもしれないけれど・・・

それでも。

隣の人を笑顔にしたり
遠隔のあの人を笑顔にしたり
見知らぬ人を笑顔にしたり

そういう事業、社会活動等を
変わる事なく、むしろこれまで以上にしっかりと
軸をぶらすことなく、でも柔軟性ももって
多角的にしていきたいと思っています。

今後、自然災害であれ人災であれ戦争であれ
どんなことが起きようとも
希望の種が蒔けるように。

現実の社会問題に向き合いながら、
進めていきたいです。

どうか、関係者の皆様、ご指導ご鞭撻のほどお願い致します。

2015年を迎えまして。

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年1月11日 02:43
すみません、いきなり長い文章を書いた後に
新年早々インフルエンザ(A型)になりまして
出遅れましたが(twitterやfacebook、一部年賀状にてご挨拶させて頂きましたが)

改めまして。

新春のお慶びを申し上げます。
旧年中は大変お世話になりました。
どうぞ本年も宜しくお願い致します。
*松も明けましたが、ご了承下さいませ*

2015年の抱負は、ずばり、

「静かに、深いご縁の中で活動をする」。

思えばたくさんの方に会わせて頂き、ご縁というものは広がるばかりで有難い限りですが、
あえて自分の時間を何のために使うのか、真剣に向き合いながら生きていきたいと思います。

また、発信や活動の仕方を変えていきたいと思っています。

そして裏テーマ、抱負は「祈りの力」。
個人的には、一番力を入れたいキーワードです。

祈りとは・・・

宗教の祈りのことだけを指すのではなく、
近くにいるか遠くにいるか関係なく、
他人や何かを前向きな感情で想えること。願いそのもの。

そこから織り成す力について、
有形無形問わず伝えることが出来たら
また、科学的立証などをしていくことが出来たら

きっと、もう少し、一人一人の内なる声に目覚める方が増えるはず。

人が、誰かや何かに対して敬うということ
思いやるということ
慈しむということ
愛するということ
そして、祈るということ

それらの力が、あらゆる和合を生む事が出来ると私は信じています。
そしてそれは、現実界での変容をもたらせる事が出来るとも確信しています。

全ての核に祈る心はあり、それは自然発生的なもの。
祈りはあらゆる障壁を超える力があります。

そうしたものを自分が確実に伝えられる様に
また、色んな形で立証していきながら
そして一つ一つの言葉、行いに責任を持ちながら
どんなときも上を見上げる事を忘れないで
ぶれずに突き進んで参りたいと思います。

今年は、医療関係に携わらせて頂く機会も多く
ホスピタリティ、フラタニティ(友愛)、真善美に溢れた医療への力添えを
全力でしていきたいと思っております。こうしたお仕事は大好きです。

もちろん、地道ですが、AmaMizuのことも進めて参ります!
おもたせに、お見舞いに喜ばれるので、どうぞご利用くださいませ。
(是非都内の方は新宿御苑のポルダーカフェに、岐阜県の方はターシャの庭にいらしてください!)

2015年という年が、皆様にとっても
喜びと幸せに満ちあふれた年でありますように。

成瀬久美

<追伸およびご報告> 
半年間大変お世話になったノーボーダー「オプエド」ですが、
昨年末をもって、自営・本業等に専念させて頂くため
アシスタントを卒業させて頂くことになりました。
番組内できちんとしたご挨拶も出来ずに、残念かつ申し訳ありませんでしたが、
もしかしたら、何かしらの形で出演させて頂くかも・・・?!
冗談さておき、オプエドが益々のご発展ありますよう、心からお祈り申し上げます。

ご縁、そしてご紹介について

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年1月 3日 01:23
さて三が日から、ちょっと大きなテーマについてお話をいたしますが

一昨年、昨年、そして新年はじまって早々
色々考えさせられる事があったので改めて書こうと思います。

冒頭からお詫びいたしますが、今回のブログは少々お説教くさいです。。。

************************************

今回のタイトルは「ご縁、そしてご紹介について」

2015年に入り、私自身、これまで同様幅広い活動をして
今後も様々な方とお話させて頂く機会を頂戴すると思いますが

そのお一人お一人との間における信頼関係を崩したくないため
よほどでない限り、自発的な"ご縁つなぎ""ご紹介"は控えさせて頂きます。

仮にどなたかとどなたかをお繋ぎする機会があったとしても、こちらが意図して
ご紹介している訳ではないなら(あるいは事前に注意していないなら)、
そこから先に発生する諸問題は責任を負いかねます事、予めご了承下さい。

・・・といいますのは、

あまりに世の中に
ご縁繋ぎを軽んじている人がいらっしゃるため。

そうした人たちに常識外の行動をとられることで
結果、自身の信頼をも失い、また、それより何より、ご迷惑をおかけした方に
申し訳なさで胸が苦しくなってしまうことが、ここ数年で何回かありました。
(またよりによって、とても大切な方相手だったりするんですねこれが・・・)
もちろん私の采配ミスでもあると思うからこそ、胸が潰れる程痛くなり、反省しきりなのですが。

なんらかの形でご迷惑をおかけしてしまう方がいらっしゃると、
それは、自分が紹介した手前、色んな形でお詫びや信頼回復に務めなければ、と思います。
(繰り返しますが、事前に諸注意をしているような紹介は別です)
どんなに自分の周囲に9割方素晴らしい人がいて、幸せの連鎖があっても
1割の心ない人で全て台無しになってしまうことだってあるのです。
企業、ブランドの信頼も同じ。

今回の"ご縁"というのは

普通に友人同士のお繋ぎでも(そこから恋愛に発展してしまうなら尚のこと関与できません)、
お仕事の依頼でも、
スポンサー探しでも、
ボランティア依頼でも、
そのほかのお願いごとでも、

人が人を繋ぐということは、それ自体一瞬で出来るように見える事でも、
そこには見えない"信頼"の糸が繋がれており、紹介した側の"責任"だって発生します。
紹介された側は、それを熟知、認識したうえで行動しなくてはならないと私は思います。

一方で、そんな責任云々関係なしに
人と人、ものとものは出逢えばそこで何かしらの化学反応が生まれるものだと思いますが・・・

縁結び、というのは
決して男女の恋愛ごとに限らず
何事においても、大切なことなのです。
ご縁の一糸一糸、全てが大切な糸。

・・・あえてブログに書く事でもないと思ったのですが

つい最近も自分(や社会)の中で常識だと思っている事が、
かなりかけ離れた形で行動されてしまったことがあり
もう、こうしたショックを受けたくないというのが本音で今回ブログにしたためました。

それでも問題には対しては、自分にフォロ―出来る事はしよう、とも思いますが
問題を起こした張本人が悪気なく、むしろ主義主張ばかりで、自分は間違っていないという
態度を取られる場合があるので
そうするとさすがに私も救い様がなく・・・ごめんなさい、もう、何もお繋ぎ出来ませんとしか言えません。

こうしたことにより
当然のことながら私自身(の責任も発生するため)の信頼も失います。
でもそれはそれで、ご迷惑おかけした相手には償おうと本気で思います。
また信頼回復のために長期にわたり、尽くそうと思います。
お相手の方が、気になさらなくていいよと仰って下さっても、私はすごく気にします。

それだけ、自分が関わる人は、どんな方でも大切に思っているという事です。

逆をいえば、自分が思う常識がない方とは、今後お付き合い出来なくなる予感しかせず・・・。

挨拶、ちょっとした礼儀、姿勢、言葉遣い。
時間との向き合い方。
仕事との向き合い方。
お金との付き合い方。
TPOのわきまえ方。
気の遣い方。
極端な性的目線、行動を慎める方。

当たり前、といえば当たり前のことかもしれませんが
人それぞれ、"当たり前"があまりに違うような気がします。
なので、何か諸問題が起きる前にリスクヘッジするか、都度学んでいけば良いとも思います。

自分は出来るという人ほど、出来ていなかったりする・・・から
私も常に自問自答、反省の日々です。(未だにあれはよくなかった、と思うことだってあります)
そして、最近連絡を取っていない方を含め、お一人お一人にちゃんと向き合わねばと
襟をただしながら、また、少しでもちゃんとした振る舞いが出来る様にと思っています。

つまり自分だって完璧ではありません。だからこそ自戒をこめての台詞です。

それでも、「想い」の在り方があらゆる姿勢に繋がるのだと私は思っています。

もちろん、学歴や職歴、育ちだけで人を判断するつもりは毛頭ありませんし
むしろ色んな方の得手が活きて欲しい、と願って色々なパズルを埋めるかの要に
役割分担をさせて頂いたり、人にお仕事差しあげたり、ご紹介させて頂いたりしたのですが。

どんなに頭が良くても能力があっても素敵な人間的魅力がある方でも
社会性がない方は、社会で何かをすることは難しい。
育つ場所が必要です。
あるいは、似た方がいらっしゃる中で、のびのびと生きられたら良いと思います。
むしろ、世の中の常識が向いていないなら、
とことん世間と異なる生き方をして(そしてそれは短絡的な発想や突発的で感情的過ぎる行動ではなく)
自分で這い上がって欲しい、と思います。

私が知る限り、本当の意味で世の中を動かす方は、
メディアで叩かれようがなんだろうがーメディアに登場しない方々もおられますがー
しっかり、礼節もなんでも出来ておられます。度量もあり、視野も広いです。
いつも学びを多く頂いています。

私自身も沢山の方からお引き合せ頂き、今日の私があり・・・。
本当に感謝してもしきれないくらい・・・。
だからこそ、恩返しも兼ねて、自分の一挙手一投足に責任を一層思わなくてはならないのです。

また、こうしてブログに書くくらいなのだから、
当然自分にも同じように言うべきと私は思います。

というわけで、このブログをご覧下さっている皆様、

今後も、これまでと同様ではありますが
私という成瀬久美という人間、または、エターナルボーテ(財団や紙芝居の団体でも良いですが)を真から
信用してくださるのみ、どなたかをお引き合わせくださいましたら嬉しいです。

ちょっと今は、正直、世の中にはごまんと素晴らしい方がいらっしゃるのを
存じ上げていても、人に出逢う事すら萎縮してしまう自分もいます。
また同時に、お引き合わせくださるからには、自分が誠心誠意務めようと思うため
基本どなたでもお会いするのは嬉しいですが、自分の公私において重要な方を優先させて頂きたいと存じます。
(繰り返します。ステータス重視ではなく、あくまで信頼重視という意味です)

とにかく人と人との縁は魂と魂をお繋ぎする縁でもあり
いくらネット社会でスピーディ社会だからといって
何かが起きた=なんでも簡単に縁切りすればいいという訳でもありません。

逆をいえば、それだけ、目の前にいる、
関わりを持つ人は重要なのです。

何でもかんでも保守的になればいいと思いませんが
それだけの思いで自分と、また会社(財団、紙芝居団体も)と絡んで下さったら
一層、いろいろな事が円滑にいくと思い
また周囲へのご迷惑をこれ以上おかけしないためにも
厳しい言い方になりましたが、上記の様に書かせて頂きました。

何卒ご理解頂けます様、宜しくお願い致します。

成瀬久美


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