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Please don't despairーそれでも希望を(そして冷静に)

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年2月 1日 19:28
今日は朝から大変悲しいニュースが飛び込んできました。
最初に殺害された湯川遥菜さん、そして相次いで殺害された後藤健二さんには、
心からのご冥福をお祈り致します。

本当に残念ながら最悪の結果に終わってしまいましたが
お2人については(特に後者は遠い存在ではなかったので一層)
何も書かず、沈黙で、哀悼の意を表したいと思います。

もちろん日々、悲しいニュースは沢山見聞きしますが
今回の事件は、やはり特殊でした。
日本人にとっては特に
一層世界情勢の変化が顕著に表れたように感じるものだったと感じています。

一方で、日本人全体の民度が問われた出来事でもありました。

インターネットは、使う人によってどのようなものにでも変容する。
昨今のインターネットの使われ方を見ると、
見るに耐えないものを目にしてしまう機会があります。
(特に子どもには目に触れさせたくないものも。
完全無法地帯になりすぎていて、、、)

今回、ネット以外のメディアもですが、政治家だけでなく
日本の様々な対応や反応も含めて事件の結果を招いてしまったと思っています。
(コラージュもでしたが、イスラム国に直接友好的なやり取りはまだしも、
罵詈雑言や挑発をするツイッターも目にしました)

そもそも、イスラム国の残虐性ばかり取り上げるのではなく
何故その存在が生まれ、国境を越えて拡大しているのか
改めて考えなければいけないし
勧善懲悪の話で片付けられる事では、ないと思います。
911以降の対テロ戦争と同じ事は起きて欲しくないと私は願っています。
(念の為。イスラム国の勢力拡大を望んでいる訳ではありません)

一体何が世の中で起きているのか。
刮目していくことは大切ですが
手探りで真実をどんどん掘り下げること以上に認識すべきことは、
憎しみには憎しみの連鎖しかないということ、また、その連鎖は
手がつけられないほどになっているということではないでしょうか。

そしてそれでも憎しみや怒り、恐れで自分の心を満たす事が
解決ではないということ。。。

ガザのときもそうでしたが
今回のようなニュースを聞けば聞く程
きっと様々なことに麻痺する感覚は人々の中で出てくると思います。

でも、心の痛みを忘れてはいけない。
人を傷つけてはいけない。
敬いあい、尊重しあうことを忘れてはいけない。

これから産まれてくる、そして今いる子どもたちのためにも。

今、高らかに「平和」を唱えても「戦争」の逆の意味でしか捉えられません。
むしろ「戦争」あっての「平和」という状態がまるであるかのよう。
戦争は必ず世について廻っています。なぜか?
軍事産業に全ての技術力が集結しています。なぜか?

誤解を恐れずに言えば
今まで私達日本人は先人達が築き上げた平和な国で、
色々なことに守られている中で、あまりに他国の事に
無関心過ぎたのではないでしょうか。
そしてニュースや情報に翻弄されすぎたのではないでしょうか。
あるいは知ったところでも、何も出来ようがなかったのではないでしょうか。
出来たとしても、市民活動以外に出来る事はなんでしょうか。
(これらが無意味だとは思いません。ただ、それが政官に届くかどうかは別問題と思っています)

これまでもそうですが
日常を穏やかに過ごしている間も、
(あるいは日々の中での問題に向き合っている間も)世界は動いています。

それでも、こうした事件をきっかけに(あるいは元から?)
大騒ぎする人たちがいる・・・
陰謀論を唱える人たちもいて・・・
評論家ぶる人も・・・
ちょっと辟易してしまいます。

私は、いつも
インターネット上(特にSNS)で情報戦になるのを見て思うのですが
実際の現場にいない人が何を言っているのだろうかと思うことがあります。

事実、本当に深刻な現場にいる人ほど、発言をすることはありません。
そもそもこれだけの情報化社会でも、
本当に大切なことは語られないものだと感じています。

なので基本的に、実務/現場の人、
あるいはそれに限りなく近くて客観的に物事が言える人、
または極端に言うとハッカーになってもおかしくないのでは、というレベルの人が
収拾した情報しか信用しないようにしています。

あとは、あくまで、参考程度に耳を傾けます。
又聞きは、若干ニュアンスが変わっていくし、人の脚色が入りやすいから
気をつけながら。言葉の言い回し一つで印象は変わるので・・・。
ニュース原稿も、同じこと。

なぜ自分がそのようなスタンスかといいますと
これをご覧の方はご存知だと思いますが
公的に言える事と言えない事が必ずあるからです。

なので必ずパブリックの言葉そのもので振り回されてもいけないですし
そもそも真実は知らない方が良いかもしれません。
真実を知らない事は、無知を示す事でもなければ
必ずしも「目を背けた」事にもならないはず。

私達一般市民は
情報を集める事、真実を知ろうとする姿勢も大切だけれど
肝心要の大切な事は
自分たちの立場を生かしてどんな前向きな事が出来るのか、だと思っています。

かといって個人レベルで、本人の"正義感"で動くと誤った方向に動く場合も。
(これは自分にも常に問いかけ、注意しています)
世相と自分の立ち位置を冷静に見た上で、行動はした方がいい。
そして最近世間で言われ過ぎの"自己責任論"ではなく
責任感と覚悟を持つという事は大切だと思います。

なので、それらを放置した上で
声高に自由、平等と言い続ける人たちには疑問を抱きます。

さて自由とは、なんでしょうか。
最近報道、言論の自由もよく耳にしていますが
何事も平等に誰にでも色んな権利が与えられて、
それで、世の中が果たして良い方向にいくのでしょうか。
モラルもなく???

平等な社会。
実現すれば素晴らしいですが、
それは民度が高い(モラルやリテラシーがあり、
真の意味で人を思いやることが出来、尊ぶことが出来る)ことが
大前提の話ではないでしょうか。

日常の生活を過ごしているだけでも
自分のことだけで精一杯になったり、自己防衛、領土争いに走る人はいます。
一方で、人をかばいすぎてしまい、自分の立場を不利にしてしまう不器用な人も。
人の生き方は本当に様々です。

そんな中で
多種多様な人生、価値観があり過ぎる中での
平等、公平な社会づくりは、もしかすると危険をはらむのでは?と
私は思っています。

せめてそれぞれの立場や人生を疎むことなく、喜び合えるような関係性を
築ける人間でないと、完全平等社会を築くこと、自由な論調の場を作ることは
難しいのではないでしょうか。

かといって問題多き世の中に悲観するのではなく
忘れてはならないことは

Do not despair。

かつて、第二次世界大戦のさなか
製作/発表したチャールズチャップリンの
「独裁者」にも出てくる言葉です。

絶望してはならない。

・・・全てに期待はせずとも希望を持つということ。
いついかなるときも。
そして祈りは届く。どんなときも。

一生、人を愛すること、信じること、尊重することを
忘れてはならない。

そういうことを、子どもたちに伝えていくべきではないでしょうか。

そして、自分自身も。
真の意味で博愛を生かす場所づくりがなんなのか
社会とはなんなのかを考えながら、実務に携わらせて頂く。
それが自分に出来る精一杯のことだと思っています。

私は、世の中には大きく分けて三つのヒエラルキーがあると思っています。

1)社会構造としてのヒエラルキー
2)裏社会(表には出されないので理解されにくいし、陰謀論も出やすい)構造のヒエラルキー
3)意識のヒエラルキー

現実界では1、2が重視されるし強い力を持ちますが
特に大切なのは3だと思っています。
世間の矛盾、生態系の中で起こりうる弱肉強食にも向き合いながら
いかに少しでも尊重し合える世の中が作れるか、支えあう世の中になれるか、
隣人(もの)を大切にしあう、愛し合える世の中になれるか。
この意識が高い人が1人でも増えたら、世の中も、現在の国家の有り様も
変わってくると思います。

こういう風に書きながら、ふと、
自分の夢についても、なんだろうと思ってみましたが
「○○になりたい」という野心は全然なく

ーいつか自分が大切に想う人と、穏やかに暮らすことー

なんだと思いました。

(注:あくまで、いつか、です。
幼稚園生がお嫁さん!って言っているようなものだと思って下さい。笑)

ただどうしても、私の場合、
ある種の均衡を保つ為に世の中で奪い合いの状況が続いている以上、
その土壌のうえで情報合戦に参加するつもりも
色んな恩恵うけて「自分さえ良ければ」と穏やかに過ごすことも、出来なくて。
自分のことより、社会問題とその解決法に目がいってしまう人間なんだなと
つくづく思います。

かといって自分は活動家でもなんでもありません。
(活動=左だ、右だという発言もよくする人がいるけれど、
そういう論調にも辟易しています)

少なくとも、ただ私は、自分の立場で出来る事をやるだけで。
それが国内であれ、海外であれ、どの分野であれ、精一杯やるだけです。

世の中に貢献できることを、少しでも、様々な形で、
個人の趣味の領域でなく、していきたいと強く思います。

それで何かが劇的に変わる訳ではないかもしれないけれど・・・

それでも。

隣の人を笑顔にしたり
遠隔のあの人を笑顔にしたり
見知らぬ人を笑顔にしたり

そういう事業、社会活動等を
変わる事なく、むしろこれまで以上にしっかりと
軸をぶらすことなく、でも柔軟性ももって
多角的にしていきたいと思っています。

今後、自然災害であれ人災であれ戦争であれ
どんなことが起きようとも
希望の種が蒔けるように。

現実の社会問題に向き合いながら、
進めていきたいです。

どうか、関係者の皆様、ご指導ご鞭撻のほどお願い致します。

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