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震災から4年

  • Posted by: エターナルボーテ
  • 2015年3月11日 11:02
2011年3月11日、午後2時46分。

2万1千人を超える死者、行方不明者を出した東日本大震災から
早くも4年が経ちました。

震災があった日のことをハッキリと覚えているのは、私だけではないはずです。
当時の私は、外国語ナレーション収録のスタジオ立ち会いを終えて
業務委託を頂いていた(以前務めていた職場でもある)事務所にいました。

殆どの社員が外での仕事で、事務所には2人しかおらず、
あまりの酷い揺れに、クライアントとの電話を中断して机に潜り、
女社長さんと互いの名前を呼び合い、手を強く握って地震が収まるのを待っていました。
地震後は、なんとか家族や大切な人の身元確認をして(twitterが大活躍でした)。

自分は、仕事が・・・と気がかりで、
外に出ましょうと言われたときも大きな仕事ファイルを抱えてしまうほどでした。
結局止められてしまいましたが。

案の定この日は仕事にならず、一度避難所に足を運ぶも事務所に後戻り。
次々とテレビやネットで、また、直接の電話やメールで
とぎれとぎれに入ってくる被災地の様子に驚愕しつつも、
携帯もパソコンも、電源がなければ何の役にも立たないものだな、と
思ってしまう、人間のちっぽけさを感じた日でもありました。

それから立て続けに起きた原発事故。

その後、訪問した被災地の数々。

そこで、目の当たりにしたこと。

筆舌しがたいことの連続でした。

また、報道について、そしてボランティアの在り方について、
再度考えさせられました。

せめて自分に出来ることはなんだろう、と震災直後から情報支援サイトを立ち上げ、
それから、現状を伝えること、被災地で笑顔が増えること、身体を少しでも動かしてもらえる様にと
参加型の紙芝居を作って・・・

日々が、あまりに目まぐるしかったことを鮮明に覚えています。
そして、少なからず、自分の人生も変わったことを、実感しています。

何のために生きるか、何を見据えて生きるのか。
自分はどういう立場に身を置くのか。
根本的な課題を、突きつけられた気がしました。

東京にいてもそんな感じですから、
ましてや、被災地の方にとっての311はどれほどのものか・・・
また、この日に限らず、今日に至るまで
被災地の方々が抱えておられることを考えると、何も言葉に出来ません。

改めて、犠牲となった方々に追悼の意を捧げ
このときに感じていた教訓を忘れずにいたいと思います。
同時に、世界中の、ご寄付やお祈りを捧げて下さった方々に心からの感謝を申し上げます。

余談ですが、私がこの1年ごとの3月11日に何をしていたかというと、様々でした。
半分は福島におりました。

2012年は福島いわき市楢葉での番組収録があり、
2013年は東京で財団の仕事に追われていたので、せめて黙祷をささげ
2014年はこのはな草子(非営利任意の紙芝居団体)で、再びいわき市の幼稚園/保育所訪問
2015年は、本当は淡路島、、、に行きたかったのですが、都内の仕事から抜けられず、
代理に行って頂き、私はエアーで(涙)ITあわじ会議に参加。(防災について、考えたいと思います。)

戦争も同じだと思いますが、「起きてから」ではなく「起きる前に」考え、行動することがいかに大切なことか。
でも、周囲にその有難みや必要性を感じられないことも多く、
やはり有事にならないと、動かない、動けないことがあまりに多い気がします。

どうしても、日々を生きていると、現状に追われっぱなしかもしれませんが
先を読み、行動することが大切なのではないでしょうか。
そのためには、ちょっとでも背伸びをしたり、違うアンテナを張り巡らせることが
必要なのかもしれません。

そして、自分は「何を護りたいか?」を考え、行動する。
その規模が大きければ大きい程、また本質的であり有用であればあるほど、
必ず、いつか必要とされる日が来る気がします。

少なくとも、そう信じて、今年はITあわじ会議に意識を傾け、
改めて今後について指針をたてながら
今取り組んでいる衣食住のプロジェクトを強化していきたいと思います。

注)衣食住プロジェクトは別団体、日本ホスピタリティ財団によるものですが、
弊社としても関わる部分、リンクする部分がございます。

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